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suisuisuizoo

プラバンアクセサリーづくりと、日常の様子をせっせと。

水風呂

3泊4日で、2年ぶりに愛媛は松山の祖父母宅に行ってきた。

前に来たときは、大学生だったなあ。

あのときに感じていた迷いは吹っ切れていたり、

あの頃に感じていた期待のいくつかは失望に変わっていったり、

あっという間の2年間のようでも、いろいろあったんだなあ。

当時は「駆け抜ける」という言葉を感覚的に理解できなかったけれど、

眠る時間を削り、何かをすり減らしながら過ごした日々は、

その「駆け抜ける」という感覚だったのではないかなあ。

瓶のなかに舞う澱(おり)がしんしんとゆっくりと沈んで、

瓶の上の方が澄んでいく感じ。

澄んだ水を通して見えるあちらの景色は歪んでいて、まだはっきりとは見えない。

祖父母宅の裏に流れるの水流をぼんやりと眺めたり、

夜中にふとんのなかで、せせらぐ水の音に耳を傾けながら、

そんなことが心の中に流れこんできた。

この川は私が物心ついてから今まで変わらず流れ続けていて、

2年の月日を経てもなお、やっぱり同じ水の音を奏でるんですよね。

 

考えがよくまとまらない。まとめようたってまとまらない。

水と一緒だ。まとまってるようでまとまらないなー。

 

言い訳だけど、他の人がみた時の私はたぶん「駆け抜けて」ない。

それについて述べようと思ったのだけど、そんなことはどうだっていい。

感覚なんだから、私が駆け抜けたなと思ったら、

それは駆け抜けたんだ。人の目を気にするのはやめようと思ったのに、

なかなかこれまでの癖が抜けなくて。